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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)204号 判決 1982年1月20日

控訴人

株式会社岩室工務店

右代表者

岩室義信

右訴訟代理人

中園勝人

上野光典

被控訴人

熊野舗道工業株式会社

右代表者

熊野清一

右訴訟代理人

甲斐

主文

一  原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  本判決第二項は金五〇万円の担保を供して仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人が本件手形を所持していること及び同手形に本件裏書がなされていることは、当事者間に争いがないので、被控訴人が控訴人に対し、本件裏書人としての責任を負うべきか否かについて判断する。

<証拠>を総合すれば、

1  被控訴人は、山口県に本店を置いて建設業を営む会社であるところ、昭和四二年に福岡市内に本件営業所を開設し、従業員五名位を常駐させて、主として福岡市等官公庁が計画する道路舗装工事を請け負わせていたが、本件営業所については、昭和四八年七月、これを建設業法三条一項、同法施行令一条に定める支店に準ずる営業所(常時舗装工事の請負契約を締結する事務所)として、本店とともに届け出て、同年九月建設大臣による建設業の許可を受けたこと。

2  昭和四八年五月から二級土木施工管理技士の資格を有する熊野が本件営業所長に就任したところ、同人は、被控訴人代表者の実弟で常務取締役の地位にあるうえ、本件営業所の主任者として、本店から離れて独自に、同所長名義で、道路舗装工事請負契約の締結及び履行並びに小切手の振出等をなす権限を有し、西日本相互銀行小笹支店に同所長熊野正名義の当座預金口座を開設し、右工事代金の受入れ等に利用していたが、被控訴人会社の内部規程によつて、手形の振出、裏書等手形行為は本店で統轄するものと定められ、右営業所長にはその権限を与えられていなかつたこと。

3  昭和五二年に入つてから、本件営業所の受注工事量が漸次減少し、営業所の従業員が逐次退職して女子事務員一名になつたうえ、営業所長である熊野が被控訴人の本店に常駐し、本件営業所には月のうち一、二回程度しか顔を見せることができなかつたため、熊野は、同年夏頃、山口県において合同建設の商号で建設業を経営していた桂に対し、福岡市の本件営業所に常駐して、主として官公庁関係の請負工事の入札事務を処理して欲しいと依頼したところ、桂がこれを承諾して継続的に右入札事務等に従事するようになつたが、右両者の間では、落札した工事は落朴価格の四パーセントを被控訴人が差し引き、残りの九六パーセントで合同建設等に下請けさせるとの取決めがなされていたのみで、下請契約の締結については、業者の選択及び発注金額等すべて桂に一任されていたこと。

4  かくするうち、桂は、合同建設の経営から手を引き、昭和五三年八月頃から本件営業所の事務に専念するようになり、依然として被控訴人との間には雇傭関係はなかつたものの、所長代理の肩書で右営業所に常駐し、本店からの個別的な指示なくして、本件営業所長印等を使用して同所長名義で、前記入朴参加及び請負契約の締結等本件営業所長の権限に属する業務一切を処理し、熊野との前記取決めの範囲内で下請契約を締結することにより生ずる利益を自己の収入として取得することを認められていたが、会社経理は本店が統轄するため、桂が右利益を直接取得するのではなく、本店から桂に対し、右取得分の立替払の名目で毎月二、三〇万円を送金し、毎決算期末に精算することになつていたこと。

5  その頃、本件営業所は官公庁から受注した工事を一〇〇パーセント外注にまわしていたため、福岡市から一括下請禁止の法規に違反するとの指摘を受けたので、桂は、熊野とも相談のうえ、昭和五四年一月頃建設業者の藤田組を名目上右営業所の直営斑とし、自らその経営に関与するようになつたが、同年五月頃から福岡市の発注が地元業者優先となり、地元業者でない被控訴人は直接受注できなくなつたため、桂は、地元業者の三信舗道、板付建設、青柳建設、結城舗道等の会社が右市から受注した工事を本件営業所名義で下請けし、更にこれを藤田組に孫請けさせるという形をとるようになつたこと。

6  そのうち、桂は、右三信舗道の経営の実権をも握るようになつたが、同社は本件営業所に対し二、〇〇〇万円位の債務を負担しており、その業績も良くなかつたので、桂は、昭和五四年七月頃から、三信舗道の資金繰りと直営斑たる藤田組への資金援助のため、三信舗道に振り出させた約束手形に本件営業所長名義の裏書を偽造したうえ、これを取引先に割り引かせて資金を作るようになつたこと。

7  かような状況の下において、桂は、同年八月下旬頃、右同様の目的で、三信舗道に本件手形を振り出させ、これを前記青柳建設に持参して割引方を依頼したが、同社の代表者から被控訴人の裏書をしなければ割引に応じられないと言われたので、その頃、本件営業所において、前記所長印等を冒用して本件裏書を偽造したうえ、自己名義の第二裏書を付加した本件手形を青柳建設の代表者に手渡したところ、同代表者は、更に、控訴人の代表者に本件手形の割引方を依頼し、本件裏書は正当になされたものであると述べた。そこで、控訴人の代表者は、その旨信じて、本件手形の譲渡を受けるのと引換に、青柳建設の代表者に対し割引金一八五万円を手渡したところ、同代表者は、そのうち金一七一万円余りを桂に送金しただけで、その余は三信舗道の元代表者平出努に対する貸金の弁済として自ら取得したこと。

<証拠判断省略>

判旨以上に認定した事実によれば、被控訴人の本件営業所は、道路舗装工事に関する限り、本店から離れて独自に請負契約を締結し、これを履行する権限を有しており、且つ、建設業法等に定める「支店に準ずる営業所」として建設大臣に届け出て、建設業の許可を得ていたのであるから、支店としての実質を具えていたことは明らかであり、その主任者たることを示す営業所長なる名称を付した使用人の熊野は、商法四二条一項本文により、裁判外の行為については本件営業所の支配人と同一の権限を有していたものとみなされる。そして、手形の振出、裏書等手形行為は、一般的な取引手段として、営利会社である被控訴人の本件営業所の営業範囲内の行為と解すべきであるから、たとえ、被控訴人の内部規程によつて、本件営業所長に手形行為をなす権限が与えられていなかつたとしても、かかる制限は、商法四二条一項本文、二項、三八条三項によつて、善意の第三者に対抗することができない。

しかるところ、前記認定の事実によれば、桂は、被控訴人の本店に常駐していた熊野から、本件営業所長としての権限を包括的に委任されていたと認めるのが相当であり、且つ、この点について被控訴人会社が少なくとも黙示的な許諾を与えていたことは、前記認定の事実関係から優に推認することができるので、右包括的代理権を授与された桂が本件営業所長名義でなした手形行為(本件裏書)も、同所長自身がなした場合と同様に、これを権限外の行為として善意の第三者に対抗することができない筋合であるところ、控訴人の代表者が本件裏書の真否につき善意で本件手形を取得したことは、既に認定したとおりである(この場合、本件裏書の真否に対する青柳建設代表者の認識は問題とする必要がない)。

なお、前記認定の事実関係の下においては、桂が、善意の第三者との関係で肯認される手形行為をなす権限を濫用して、専ら自己の利益を図る目的で本件裏書をなし、右濫用の事実を青柳建設の代表者が知つていたと認められなくもないが、控訴人の代表者が青柳建設の右知情につき悪意で本件手形を取得したことについては、何らの主張立証もない。

叙上の次第であるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件裏書人としての責任を免れないといわなければならない。

二次に、<証拠>によれば、控訴人は、本件手形に第三裏書をして、これを訴外株式会社平塚硝子店に譲渡し、同社が右手形を満期に支払場所に呈示したがその支払を拒絶されたので、控訴人は、その翌日、右会社に金二〇〇万円を支払つて本件手形を受け戻したことが認められる。

三そうすると、被控訴人は本件裏書人として、控訴人に対し、本件手形受戻金二〇〇万円及びこれに対する受戻日である昭和五四年一一月二一日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息を支払うべき義務があるから、右義務の履行を求める控訴人の本訴主位的請求は理由があるといわなければならない。

よつて、控訴人の本訴主位的請求を棄却した原判決は不当であるので、原判決中被控訴人に関する部分を全部取り消して、右請求を認容すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(高石博良 谷水央 足立昭二)

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